なぜ学生は、中国との貿易協定に反対なのか
台湾の政治が、社会が大きく揺れている。中国と台湾の実質的なFTA(自由貿易協定)に当たるECFA(両岸経済枠組み協定)の後続措置となる「サービス貿易協定」の審議過程を、「民主的でない」として学生たちが与党・国民党と馬英九総統に反発。3月18日には日本の国会に当たる立法院を占拠。4月2日時点で占拠は続いている。
また3月30日には、学生の要求に対する馬英九総統の回答が「不十分」とし、総統府前で大規模集会を実施。主催者側の学生運動は50万人、当局発表では10万人超の人を集めた。当局側の発表数字でも、すさまじい数の市民が集結した。
その学生運動のリーダーは、国立台湾大学大学院生の林飛帆氏(25)。彼は今回の運動をなぜ実行したのか、そしてなぜ中国との経済関係を深めようとする「サービス貿易協定」にそこまで反対するのか。現在も立法院の中にいる林氏に、東洋経済が電話による単独インタビューを行った。
(聞き手:台湾人ジャーナリスト楊虔豪、構成:「週刊東洋経済」福田恵介)

学生運動のリーダー、林飛帆氏(写真中央)。反メディア独占青年連盟の代表などの運動で指導的地位に立つ(台湾『今周刊』提供)
何でも強行採決をやればいいのか
――台湾経済は、現実的に見れば中国経済と緊密に関わっています。だからこそ、今回のようなサービス貿易協定も必要だと馬英九政権は主張し、経済・学界でもそう主張する人が少なくはありません。
もちろん、今回の協定を締結すべき、との主張があることは知っている。個人的にはそこまで主張するほど必要なのか、あるいはそうでないのかはわからないが。ただ、そういう協定を結ぶ過程において、何らかの監督の構造(システム)と、交渉の手続きがあるべきだと考える。
であれば、(立法院の委員会で見せたような)強行採決で何でも議案を通してしまう今のままがいいのか。それこそ、最も根本的な問題だ。
締結した協定が大多数者の利益と民主主義的な監督構造と合うものかどうか。それをどう担保するのか。それらがなければ、サービス貿易協定が必要だという主張には納得できない。
――今回のサービス貿易協定はふさわしくないのであれば、中国との経済関係はどのようなものが望ましいと考えますか。
現在、台湾と中国のサービス貿易協定は、法律上の規制と監督を受けないことになっている。われわれは両岸(台湾と中国)が将来的にどのような経済・貿易交流になったとしても、法治の基礎があるべきだと考えるし、交渉の前後において明確な監督システムが必要だと要求している。両岸の経済と貿易関係を維持しようとするなら、法制的に行うべきだ。
――馬英九総統は、サービス貿易協定は一つのFTA(自由貿易協定)であり、今後台湾と大陸以外の国とFTAを結ぶ際に重要な先行事例になると主張しています。FTAについてはどのようなお考えをお持ちですか。
自由貿易というものは、その恩恵を受ける人もいれば逆に被害を受ける人もいるものだ。問題は、被害者に対しどのような方法で補償したりするなど、どのような対応や措置をとるべきかだ。また、恩恵を受ける産業において得られた利益をどう分配するかどうかも問題ではないか。少数の大企業にのみ分配されるのか、数多くの労働者に分配されるのかが重要だと考える。自由貿易そのものに疑問
どのFTAにおいても、その内容をしっかりと吟味すべきだ。締結過程において台湾の数多くの基礎的な産業に被害を与えないものなのか。同時に、不公平な利益分配が実施されるものであれば、私は反対する。
私の個人的考えから言えば、自由貿易協定そのものに疑問を抱いている。なぜなら、過去、自由貿易協定はいつも強者が弱者を支配しており、すべての大資本主義国家が弱者に資本を輸出したり、労働力を搾取したりしてきた。各国で同様な問題が出ている。また、今回のサービス貿易協定は、経済的な問題だけでなく、政治面でも問題が多い。
――今回の運動は「向日葵(ひまわり)学運」と呼ばれ、これまで台湾が経験してきた民主化運動の延長線上で語る人も少なくありません。これまでの民主化運動について、学生運動のリーダーとしてどう考えていますか。その意義や重要性についてはどう考えますか。
今回の学生運動は特に重要で、大きな意味を持っている。まず、われわれが現在、代議制による政治と政党政治に対し深く反省している状態だ。かつてのように、単純に一つの政党や1人の代議士(国会議員)に依頼して国の政治を行うのではなく、われわれが直接自分の力で運動を行っている。次に、両岸関係のあり方についても反省している。だからこそ、両岸の経済貿易や政治交渉に対し、さらなる民主主義的な参与制度などを要求し、民主主義で両岸関係の発展を目指すのが原則としている。
運動側にも反省すべきところがある
――今回の運動で問題なことはありますか。
改善すべき部分があまりにも多い。正直に言えば、今回はあまりにも急に運動実施を決定したため、また現在のように大規模になることを予測できなかったため、多くの活動において細目までしっかり決める時間がなかった。たとえば、各組織のメンバーやパートナー間と、運動への気持ちをどのように共有し、維持していくかという問題。また、対策を決定する過程で、われわれがすべての参加者の意見を受け入れることができるシステムを作ることができなかったことなどが問題だ。
――立法院の外からは、林氏含めた運動の主体が「方針の決定過程において権力があまりにも集中しており、ひとつの独裁体制だ」との批判も受けています。
現在、立法院内に9人(学生5人、NGO代表4人)で構成される方針決定グループがあり、少数集中という批判には当たらないと思う。問題は、各代表が各自の所属団体内部の意見をどのように反映させていくか、だ。それは常に問題となる部分だ。もうひとつの盲点は、学生代表が現在は立法院の会議場内にいる学生たちだけで構成されていることだ。場外でのリーダーシップがなく、実権を持っている代表が存在しない。場外は、かつて中国で諸侯が乱立したように、各団体が自分たちの地盤を考えながら運動に参加する市民を指揮しており、意見を収斂させるのが難しい。
場内の指導幹部も10日間以上も継続して局面を打破し耐えてきたのでとても疲れている。現在の状況は、われわれが共に馬英九政権に対応し、また立法院内、そして各組織や団体間の意見調整を行わなければならず、どこに中心を置くか考える余裕がない。中心をどこに据えるかが難しい状況だ。
――今回の運動では、学生運動側とメディアの関係が改めて注目されています。地元メディアへの市民たちの反発や、運動内部での、積極的なインターネットによる情報拡散などは、世界的に注目されています。
われわれの運動に対し、多くのメディアがわれわれにとって友好的な立場でありながらも、客観的で公正な報道をしていると判断している。多くの記者たちが学生運動に同調しており、われわれも彼らと対立する必要がないと考えている。 問題は、立法院外での衝突が相対的に多いことだ。たとえば、負傷者を病院に搬送する過程では、まずは負傷者優先で医療陣の保護や負傷者のプライバシーを大事にしたいという気持ちから、学生側の警護担当者が負傷者の壁になろうとして、現場の取材記者たちと衝突してしまう。
また、台湾のテレビ局の中には、これまでの報道姿勢から来る固定観念があり、それに不満を持つ学生も多い。市民が特定メディアの記者を攻撃することもある。たとえば、中継車に悪口を書いた紙を貼り付けたり、直接落書きしたり…。こういう行動には注意し、そうしようとする市民にはやめさせるよう、警護担当者に指示した。(インタビューは4月1日に実施)
-東洋経済より転載-