「東京新聞」13日付「特報」の「秘密法の怖い規定『共謀と自首』──人質事件の検証困難」「内通者が自首 刑減免、でっちあげ 冤罪産む?──政府批判 自制の恐れ」と題した記事には、あらためて背筋が寒くなった。
リードでは「秘密保護法には、国民の『知る権利』を奪う規定が多く盛り込まれている。中でも、共謀と自首の規定は、冤罪(えんざい)を生み、市民運動の弾圧に使われる危険性がある。過激派組織『イスラム国』を名乗るグループによる日本人人質事件で、政府の検証作業が始まったが、実効性は疑わしい。政府にとって都合の悪い情報は隠されてしまうだろう。市民や記者が、情報を取ろうとすれば罪に問われる危険を常にはらむ」と問題を投げかけている。
記事では、人質事件で安倍首相は、関係各国から提供された情報が特定秘密に指定される可能性を認めていることに触れて、「特定秘密のベールは厚い。官僚らが特定秘密を漏らしたり、特定秘密を不正取得したりすれば、10年以上の懲役刑だ。重罰で流出防止を図っている。ベールを守るため、厳罰と言う『ムチ』だけでなく、自主という『アメ』も用意している」として、「特定秘密保護法には、秘密の流出や取得を狙ったが未遂に終った場合、自首すれば、刑を軽減、免除する規定が盛り込まれている」と書く。
しかし、この「アメ」は甘いだけではなく、重大な問題をはらんでいる事を指摘する。
秘密保護法には、刑法にもない「共謀罪」の規定がある。
実は、「共謀罪」の法律案そのものは、政府は03年から3度にわたり国会に関連法案を提出したが、いずれも国民と諸団体、法曹界などが強く反対し、廃案になっている。重大な犯罪にあたる行為を「団体の活動」として「組織により」実行しようと共謀すると、実際に行動を起こさなくても、それだけで罰するという内容である。
ところが、秘密保護法の中には、この「共謀罪」が、うまく入り込んでいるのだ。
立命館大学の松宮孝明教授(刑事法学)は「フレームアップ(でっち上げ)の危険性が高い」と警鐘を鳴らす。
秘密保護法では、この「共謀罪」の規定によって、「実行に至らなくても、複数で秘密漏えいを謀議したただけで罪を問える」として、「秘密を漏らす前や取得する前に何があったかは、内通で初めてわかる。『実はこんな共謀をしました』と誰かが言い、関係者が捕まったとする。実行する前だから、証拠が『共謀をしました』という内通だけという場合もあるだろう。これは冤罪につながりかねない」と指摘する。
また、深草徹弁護士は「戦前の軍機保護法など秘密保全法制にも、自首すれば刑が軽減されるとの規定が置かれていた」と、戦前との共通点を挙げ、戦前の内乱罪も未遂の自首も、同様の規定だという。
青山学院大の新倉修教授(刑法)は「軍事法制は一部の人が情報を握り、他は命令で動けという考え方だ。秘密保護法は、安倍政権が米国と一緒に戦うために秘密を固め、情報能力も高めるという流れの中でとらええればわかりやすい」と述べる。
問題は、実際にどういうことが起こる可能性があるのか。
日本人人質事件で、ある市民団体が「日本人人質事件」についての政府の対応について疑問を持ち調査したとする。情報公開法に基づいて公開請求を求めても、特定秘密に指定され開示されない。
「そこで市民団体は会合を開き、特定の公務員に情報提供を働きかけることを決めたとする。交渉経過などを恣意的に特定秘密とすることは可能で、この段階で共謀罪は成立する。
その際、当局が市民団体の一人に目を付けて接触。『自首すればあなたは罪に問われない』と説得して、洗いざらいしゃべらせれば、市民団体の構成員を秘密保護法違反で摘発できる」
西晃弁護士は「政府は国民に知られたくない情報を特定秘密に指定すれば隠せる。しかも、自首による刑の減免によって密告させれば、政府にとって望ましくない団体に打撃を与えることができる」と懸念する。
これが例に挙げた「人質事件」でなくても、「沖縄基地」や「原発事故」、あるいは自衛隊の最新鋭の戦闘機や艦船導入予算など、なんでもあてはまる。
「例えば、沖縄県で米軍普天間飛行場の辺野古への移設に反対する市民団体に『ボランティア』と偽って内通者を入れ、反対活動に役立つ移転工事の情報の入手をそそのかす。それが、特定秘密ならば団体の弱体化は容易だ」
前出の深草弁護士は、「自首による刑の減免は、表向きは『未然に犯罪を防止するため』としているが、実際には戦前の秘密保全法制かにの伝統」「スパイを潜り込ませ、扇動して─というのは常とう手段だった。おとり捜査に悪用される危険性があり、十分な注意が必要だ」と延べ、危険なのは「何が秘密?それは秘密です」とやゆされるように指定基準が不明瞭で「外交。防衛、テロ対策─といった限定では、こじつければ何でも特定秘密にできる」ことだとする。
今回の「東京」の記事の前にも、これまで、この「共謀罪」と「自首」の問題は何度もとりあげられてきた。
秘密保護法が国会で成立させられる前の「信濃毎日」の2013年11月24日付で「秘密保護法 共謀罪 心の中も取り締まる」と題した「社説」の中で、次のように述べている。(一部引用)
「日本の刑事法では、犯罪は実行行為があって初めて処罰する。国の統治機構を破壊する内乱罪などごく一部の例外を除いて、謀議(犯行の話し合い)だけでは罰しないのが原則だ。
刑事法の専門家によると、心の中の問題で人を罰した治安維持法の苦い教訓によって、戦後、共謀罪を規定することには抑制が働いてきた。
それが働かなくなったのが01年の自衛隊法改正による共謀罪の新設だった。ただ、その対象は秘密漏えいに限られている。
特定秘密保護法案では、情報を取得しようとした側にも共謀罪が適用される。秘密をつかんでいなくても、何とか得ようと誰かと話し合っただけで、処罰される場合がある。
しかも、共謀は言葉を交わさない『暗黙の了解』でも成立するとされる。罪は心の中に及ぶ。
捜査側から見れば、共謀罪があれば情報漏えいという結果が発生しなくても、治安維持法のように、その前段階で取り締まることができる。
それにしても、どうやって話し合っただけのことを知ることができるのか─。実はそこに、自首による刑の減免規定が密接に関わっているのだ。
捜査当局は、あなたは罪に問わないから話し合った内容を教えなさいと密告を促すことができる。あるいは、市民団体などの中に協力者をつくったり、潜入させたりし、共謀が行われた時点で協力者に自首させる方法もある。
実行行為がなく物証にが乏しいので、逮捕された人の取り調べも自白強要になりやすい問題がある。
実際に立件されなくても、この規定があるだけで、人々を疑心暗鬼にさせ、相互監視社会をつくりだす。非公開の情報にアクセスする市民の行為を萎縮させるのは明らかだ。」
こんな思考しかできない安倍首相と政府に、「秘密保護法」を運用させることはきわめて危険だ。
監視、密告、陰謀、謀略が横行し、“心の中まで取り締まる”社会となれば、戦前・戦中に逆戻りだ。
やはり、秘密保護法は撤回すべきである。