
米軍普天間飛行場の移設に向け、名護市辺野古崎で解体工事が始まった1日、現場周辺の陸上と海上では基地建設に反対する市民が、情報確認のため動き、緊迫感が漂った。安倍晋三内閣は同日、住民運動の排除を目的に米軍への常時立ち入りが禁止される提供水域拡大を閣議決定した。権力が都合良く、制度を変える構図が沖縄で繰り返されたことに「国はやりたい放題だ」との批判が県内外から上がった。
【名護】ヘリ基地反対協議会(安次富浩共同代表)は米軍キャンプ・シュワブ内の辺野古崎付近で、重機による作業と周辺の海岸沿いで測量をしている作業の様子を、沖合に出した船舶から確認した。辺野古沖合への新基地建設に向けた工事の一部がシュワブ内で始まり、辺野古漁港で座り込みを続けるテント内は緊張感が漂った。いつものように支援者らが駆け付ける中、座り込みの住民らの表情は険しく、警戒感を強めた。
ヘリ基地反対協は午前8時すぎ、陸上、海上双方の作業状況を確認するために辺野古漁港から船を出港させた。沖縄防衛局の調査船や警戒船十数隻、海上保安庁のボート数隻を大浦湾や辺野古沖など複数箇所で確認。シュワブ内陸上部分では重機2台が動いていた。午後、再度出港した際には、測量する作業員も見受けられた。
乗船した事務局次長の仲本興真さんは「戦後、海の恵みで地元住民の命をつないでくれた場所の埋め立てがどのような結果を生むのか、政府は認識が足りない」と憤った。さらに、立ち入り禁止となる提供水域の拡大が閣議決定したことに「演習など米軍の円滑な使用が前提だったはずだ。都合の良い解釈は法律違反というよりも、逸脱だ」と批判した。
安次富共同代表は「工事着手は手続きとして想定内だ」と冷静に受け止めつつ、「基地を造らせないための最大の勝負どころは海上ボーリング調査だ。工事着手でひるむことなく陸上、海上ともさまざまな行動を続けていく」と強調した。
シュワブ第1ゲートでは砂利を積んだ大型トラックが午前8時半すぎごろから、頻繁に出入りしていた。建築資材を積んだ小型トラックやタンクローリー車、クレーン車などが出入りし、午後6時ごろまで続いた。
琉球新報が4月下旬に実施した県民世論調査では73・6%が辺野古移設に反対だ。県民の大多数が「ノー」と意思表示している。こうした中で工事が強行された。
稲嶺進名護市長も移設反対を明確に表明している。地元の民意を踏みにじって工事を強行する政府の姿勢を見ると、果たして日本は民主主義国家と言えるのかと思わずにいられない。
銃剣とブルドーザー
米軍は1953年以降、土地収用令を根拠に「銃剣とブルドーザー」で住民を追い出し、家屋を次々となぎ倒し、土地を強制接収して基地を拡大した。今回の着工は、民意無視という意味では60年前の蛮行とうり二つだ。米軍の施政権下での圧政と同じ強権発動が民主国家で起きている。
新潟県の旧巻町では国策の電源開発基本計画の一環で進められていた原子力発電所の建設計画が中止に追い込まれた。住民投票で建設反対が6割を占め、建設反対派
の町長が当選を繰り返したからだ。地元の合意が得られなかったことが計画断念の最大の理由である。
名護市も1997年に市民投票が実施され、基地受け入れ反対が過半数を超えた。建設反対を公約に掲げた稲嶺氏は既に2回当選している。旧巻町と同じく、地元の合意は得られていない。それなのに基地建設は強行される。政府は沖縄と県外で二重基準を適用している。明らかな差別だ。
安倍晋三首相はこれまで「地元に丁寧に説明し、理解を求めながら進める」と繰り返し述べている。だが実際に取っている手法は正反対だ。1月に稲嶺氏が名護市長に当選した後、首相も外務、防衛の担当閣僚も市長を1度も訪ねていない。ケネディ駐日米大使が就任3カ月後に会談したのと対象的だ。日本政府は「丁寧に説明」どころか、対話の機会すら設けていないではないか。
さらに政府は、海底ボーリング調査に向け、海上保安庁の船舶や人員を沖縄に派遣して周辺海域の警備に当たらせるという。シュワブ沿岸では立ち入りを常時禁止する水域を拡大した。刑事特別法を適用し、住民らの海上抗議行動を排除するのが目的だ。反対の意思表示をすれば力で封じ込める。これを「理解を求める」と称するのか。
世界に広がる反対
平和学の第一人者であるヨハン・ガルトゥング氏は、単に戦争がない状態を「消極的平和」と規定する。人々や社会の安全を脅かす抑圧や差別などの不正義を「構造的暴力」と称し、それがない状態を「積極的平和」と呼ぶ。
同氏は、基地の過重負担を強いられる沖縄について「構造的暴力の下に置かれている」と指摘した。移設工事の強行はまさに「構造的暴力」だ。それを実行する安倍首相が「積極的平和主義」と称するとは、倒錯そのものだ。
そのガルトゥング氏も名を連ねた海外識者による米軍普天間飛行場即時返還と辺野古新基地建設反対の声明には、1万1700人余が賛同の署名を寄せている。移設反対の声が世界に広がっていることを日米両政府は直視すべきだ。
工事の強行を可能にしたのは、昨年末に仲井真弘多知事が埋め立て申請を承認したためだ。それでいて知事は今も「県外移設の公約は捨てていない」とうそぶく。誰が見ても理解できない詭弁を続けるのは茶番でしかない。
環境省の有識者会議は日本の排他的経済水域(EEZ)内で生物学や生態学の観点から重要な場所を「重要海域」に選定した。辺野古沖も含まれる。この海を埋め立てるのは海の生物多様性を保全する国際的な流れにも逆行する。
この国が真の民主主義国なら、工事を即座に中止し、辺野古移設を断念するほか道はない。