福島の子どもの甲状腺がんは事故前の60倍超/ 判断材料示さず帰還を促進する国
まさのあつこ | ジャーナリスト


市民研究者により示された東電事故とチェルノブイリ事故の線量比較(6月筆者撮影)
福島県が2011年10月から行っている甲状腺検査で、甲状腺がんまたはその疑いがあると診断された子どもは127人にまで増加した(2015年3月末現在)。
増加ぶりは、その数が104人だった時点で、東京電力福島第一原発事故前の61倍(*1)。その倍数はその後も増え続けていることは環境省の北島智子環境保健部長も国会で認めている(*2)。
本来なら、汚染地域からの避難や移住の権利、医療補償制度が確立されるべき時期である。
ところが、国は汚染地域の放射線の「線量が発災時と比べ大幅に低減し、避難する状況にはない」と、真逆の判断で帰還を促進す方針へ向かっている(*3)。
「結論づけることはできない」と先延ばし
これは「福島県県民健康調査検討委員会甲状腺検査評価部会」(部会長:清水一雄・日本甲状腺外科学会前理事長)が今年5月に行った「中間とりまとめ」で、「検査にて発見された甲状腺がんが被ばくによるものかどうかを結論づけることはできない」(*4)と結論を先延ばししたことと無関係ではない。
一方、「影響は否定できない」と警告し続けてきた疫学の専門家がいる。岡山大学の津田敏秀・環境生命科学研究科教授である。福島県内を6地域に分けて行った地域差の分析をもとに、妊婦、乳児、幼児、児童・生徒、妊娠可能な女性など優先順位をつけて、少しでも線量の低いところに避難させるよう、かねてから提案を行ってきた(*5)。

福島県には、2013年12月21日の「放射線の健康影響に関する専門家意見交換会」で、環境省には2014年7月16日の「東京電力福島第一原子力発電所事故に伴う住民の健康管理のあり方に関する専門家会議」で、「避難」の必要性の根拠を示してきた(*6)。
その後も分析を更新し続けている。
ところが県・環境省ともこの警告を聞き流してきた。県はそのときの資料を県のウェブサイトで公開すらしていない。先述の部会では、津田教授を招聘すべきとの意見が委員から出ていたが(*7)、県民健康調査課は「そのつもりはない」と筆者の取材に答え、現在も実現していない。
そして今、復興庁は、甲状腺がんが増加している事実すら示さず、「避難する状況にはない」とのパブコメ案(*8)を示している。
因果関係を認めないまま、手術費など全額支援
その一方で、福島県は7月10日に、県の甲状腺検査でがんの切除手術などに必要な経済負担を全額補助する支援事業を行うことを発表した(*9)。財源は国からの100%補助だ。
福島の県民健康調査課の角田祐喜男主幹は、「放射線との因果関係は抜きで、甲状腺検査は受けざるを得ない状況があった」からだと筆者の電話取材に答えている。

6月21日のシンポジウムでチェルノブイリと東電事故の推定実効線量を図解説明した吉田由布子さん
今回、清水一雄「日本甲状腺外科学会」前理事長が率いる部会が「中間とりまとめ」(*4)で「検査にて発見された甲状腺がんが被ばくによるものかどうかを結論づけることはできない」「放射線の影響とは考えにくい」とした理由は、「被ばく線量がチェルノブイリ事故と比べてはるかに少ないこと」などぼんやりとした理由による。

吉田さんは、東電事故の避難住民の被曝量は、チェルノブイリ事故の平均被ばく量の約3倍から30倍に過ぎないことを示した。
しかし、被ばく線量の比較は、「チェルノブイリ被害調査・救援女性」ネットワークの吉田由布子事務局長などが「はるかに少ないとはとても言えない」ことを訴えている(写真)。部会ではこうした市民研究者の声を聴く機会を一切設けていない。
それでも清水「日本甲状腺外科学会」前理事長が率いる部会は、小児甲状腺がんが「数十倍のオーダーで多い」ことを無視もできず、次のような、分かりにくい玉虫色の「解釈」を示している。
出典:「甲状腺検査に関する中間取りまとめ」(2015年5月18日)被ばくによる過剰発生か過剰診断のいずれかが考えられ、これまでの科学的知見からは、前者の可能性を完全に否定するものではないが、後者の可能性が高いとの意見があった。一方で、過剰診断が起きている場合であっても、多くは数年以内のみならずそれ以降に生命予後を脅かしたり症状をもたらしたりするがんを早期発見・早期治療している可能性を指摘する意見もあった。
実は、チェルノブイリ事故でも、事故から10年間は、検査で早期がんまで見つかったものとして放射線の影響を認めなかった。その根拠は、広島・長崎の原爆による甲状腺がんの発症の潜伏期間が10年であるというものだった。
そして今、チェルノブイリ事故で「潜伏期間が4,5年だった」という理由で、福島第一原発が原因であると「結論づけることができない」としている。米国では小児がんの潜伏期間は最短1年だとする論文(*10)があると各方面から指摘されているにもかかわらず、これもまた見て見ぬ振りを続けているのである。
■小児がんの潜伏期間は「1年」を「最短1年」に訂正しました。7月19日加筆。
【参考】
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まさのあつこ
ジャーナリスト
ジャーナリスト。1993~1994年にラテン諸国放浪中に日本社会の脆弱さ に目を向け、帰国後に奮起。衆議院議員の政策担当秘書等を経て、東京工業大学 大学院総合理工学研究科博士課程修了。博士(工学)。著書に「四大公害病-水俣 病、新潟水俣病、イタイイタイ病、四日市公害」(中公新書、2013年)、「水資 源開発促進法 立法と公共事業」(築地書館、2012年)など。